鹿児島県枕崎市には「紅茶のお母さん」と札の建てられた1本の木がある。県の紅茶試験地跡の「母樹園」に残るその木は北インド原産のアッサム種の茶樹。国産紅茶の発祥とされる原木である。意外にひょろりとしたその母樹は、高さは約5m、光沢のある濃い緑色の葉に覆われ、見た目は椿の木に似ている。それもそのはず、学名でカメリア・シネンシスと呼ばれるツバキ科の植物なのだ。黒潮が洗う温暖な海岸線に薮椿の森が広がるように、中国雲南省が原産のお茶も暖かい気候を好む。特に紅茶向きのアッサム種は寒さに弱い。温暖な鹿児島が国産紅茶の発祥地となったのも納得である。
一口にお茶といっても、紅茶、緑茶、ウーロン茶など、さまざまな種類がある。しかし、ほとんどのお茶はすべて同じお茶の木から作ることができるのだ。違いは茶葉の発酵度である。発酵度が低いお茶は緑色から黄色をしており、発酵が進むに従って赤い色となる。つまり、緑茶は不発酵茶、紅茶は発酵茶なのだ。茶色いウーロン茶は半発酵茶である。ただ同じお茶の木といっても、アッサム種と中国種に大別されており、それぞれ特徴は違う。現在では、それぞれの特性を生かした品種改良もさかんに進められている。
ちなみに、一般的に紅茶の3大銘柄といわれるのはダージリン(インド)、ウヴァ(スリランカ)、キーマン(中国)であるが、昭和40年代に鹿児島では、日本紅茶史に残る銘柄「べにひかり」が誕生した。育てやすく品質も良いため、関係者の期待も高かったが、1971年の紅茶輸入自由化の打撃を受けて世に出回らなかったという歴史をもつ。この自由化の影響は大きく、この頃に国産紅茶は次々と生産中止へと追い込まれてしまった。しかし国産紅茶は、その味わいと製品への安心感から、平成に入る頃から次々と"復活“する。伝説の銘柄「べにひかり」も、かつて国産紅茶の生産に情熱を注いでいた「枕崎紅茶研究会」のメンバーたちによって、見事甦るのである。