鹿児島本線の始発駅門司港駅に着くと急ぎ足で海沿いのレトロ地区目指して歩き出す人が多い。
気持ちは判るが、ちょっと待って。いま降りた駅はレトロの重鎮。ここから門司港一帯の旅が始まる、その起点なのだ。ゆっくり駅舎を振り返ろう。
東京駅よりも10ヶ月早い大正3年(1914)の建築。荘重なネオ・ルネサンス様式。噴水が湧く広場、すぐ前には三井倶楽部の典雅な建物、両方とも国の重要文化財だ。
けばけばしさがない。街の落ち着き、非日常の和みとゆとりの空間を海からの風が心地よく吹いてくる。
明治末期から大正〜昭和初期にかけて門司港の街は近代港湾都市として、モダンな賑やかさに溢れていた。時代のトップを行くハイカラの原点だった。
大正中期、門司港から台湾、中国、米国、印度、欧州へ一ヵ月間に60隻もの大型客船がここから旅立って行った。
一万トン級の船が着くと、食料、水だけでも当時の7万円もの金がおちた。
日本が一番元気な頃といっていい。精神が、新進の鋭気が、門司港に満ち溢れていた。
幸いに戦火を免れた赤レンガの建物や古い由緒のビルをベースに、精神の興揚を再びルネサンスしようと進められた人・街づくりが門司港レトロである。
旧大阪商船ビルの一階は外国へ渡る人の待合室、すぐ前の埠頭に大型船が横付けに。八角塔の窓から海を照らす眩い光が輝いていた。
旧門司税関のレンガ造り、さらには大連の旧日本橋図書館も複製建築され、バルコニー、とんがり屋根がエキゾチックな雰囲気をつくっている。アカシヤの並木があればもう、大連の街角そのもの。
レトロの街は古くからの歴史に生き続けた門司港の人の営みがそのまま残っている。つくりものでない、だから人気もうなぎ上りだ。
茶色の柱、梁の骨組み、白い窓枠、五つの切妻屋根で装う三井倶楽部の中で、ゆっくり憩うことができる——かつて北白川宮殿下も泊られた。あのアインシュタイン博士が五泊もした由緒ある建物の中で、ゆっくりくつろげる贅沢。
レトロ気分も最高になってくる。
1階、オルゴールがあるロビーには、中野金次郎氏の名著「海峡大観」の一部が大きく書かれた格調ある空間、2階はアインシュタインが泊ったときのベッドルーム、浴室などの三つの部屋が再現され、博士の筆文字の珍しいサインまで残されている。ゆかり深い林芙美子資料室では彼女の一生を偲ぶことが出来る。その他、門司港が歩いた歴史、文学、和布刈神事のジオラマなどが興味をひく。
ゆっくり見学したあとは、レストラン三井倶楽部でグルメが満喫できる。
数々のVIPの華やかな晩餐会が開かれた迎賓の間、暖炉、シャンデリアのくつろぎの中で、女将(塚本美智子)さんの心のこもった創作メニューが並ぶ。ここならではの名物のふく料理、ふくをアレンジした洋風メニュー、ワインがお洒落な味をひきたてる。国重要文化財のなかで食事が楽しめるなんて、他では出来ない贅沢をたっぷりと味わえる。