久留島武彦(くるしま・たけひこ1874~1960)わが国における「お話童話」の先駆者。『久留島名話集』のほか『通俗雄弁術』『童話術講話』の著書がある。全国童話人協会を創立、日本青少年文化センターの初代会長を務めた。
野津町は奇人きっちょむさんで知られる。本名広田吉衛門、寛永の生まれで88歳で死んだという。多くの「きっちょむ伝説」を残した。「黒繻子のふんどし」………など、よく語り伝えられている。一方、オペラや芝居になっている人気キャラクターだが、話のゆかりの史跡となると材料にことかくが……。
欽明天皇の御代に奈良の都の王津姫は顔一面に痣(アザ)があって嫁にいけなかった。大和の三輪大明神のお告げに従って、豊後三重町の炭焼き小五郎を訪ねた。金を与えて小五郎を買い物に出した。小五郎はこの近くには、金の石が山ほどある……と姫を驚かせた。そして二人は結ばれ眞名野長者となった。
・「眞名野長者由来記」が内山観音にある。
・炭焼き小五郎夫妻の墓
やまなみハイウェイの長者原の地名に由来する、この地の長者伝説。この地方一帯は長者の土地。栄華を誇っていた。餅を弓の的にして射った。そこから没落が始まった……という。
地名のみが残り由緒の史跡はない。が、広大な飯田高原を眺めると心が長者になる。
葉祥明の絵の故郷、南阿蘇村の美しい丘にたたずんでいる。葉祥明の絵の風景を思わせるこの美術館では、絵を楽しんで頂くだけでなく、広々とした草原の散歩コースもゆっくり楽しめる。展示室では季節ごとの原画が入れ替え展示されている。
玉名市の疋野神社は長者ゆかりのお宮とされている。この地にも炭焼き小五郎の民話が残る。
ストーリーは、三重の眞名の長者と同工異曲だ。小五郎という炭焼きが京からの姫と結ばれ、めでたしで終わる。少し違うのが、温泉発見のきっかけになっているところ。
大分の吉四六に対しては八代の彦一。
彦一は反骨精神があった。ユーモアがあった、ユーモアを使ってカッパや殿様を相手にしたストーリーが展開されている。
海に拓けた八代の気質が伺える。
実在の人物とされ、光徳寺には彦一塚が建っている。