九州は石橋(眼鏡橋)の宝庫である。 日本で最初の石橋は長崎の眼鏡橋である。 それは、中国の技術によってもたらされたものであった。中国福建省から長崎に、そして長崎をスタートに、新しい技術は九州の各地へ伝わっていった。 川に円弧を描く、柱のない石橋づくりの技術は、当時の日本人には未知と驚きであった。それをマスターしたのが長崎奉行所勤めの藤原林七であった。その技術は種山村に伝わっていく。 加工しやすい阿蘇凝灰岩が手近にあった九州の特性にもよるが、熊本県種山村(現・八代市東陽町)の石工の特殊集団の存在が大きかった。これらのことは第一巻で詳述している。 本項では、第一巻、二巻で触れ得なかった地にスポットをあてた。 いま各地に残る石橋を一つひとつ訪ねるのは時間もかかるが、その土地の案内人の話などを解釈、消化しながら、石組みの技術の推移を目で確かめていこう。 鹿児島では、石橋記念公園に、かつての甲突川の五石橋のうち三橋が移設保存され、当時の面影を今に伝えている。 薩摩川内市にも九州の遺産ともいえる二連橋石造眼鏡橋の江之口橋が残っている。 石と戦った先人の知と汗の労苦が、いまもしっかり残っている。
長崎空港~(40分・バス)諫早・長崎~(31分・JR)諫早諫早~(9分・西九州新幹線)長崎~(JR・28分+48分・特急)佐世保市
佐世保市~(90分・バス)平戸市~(90分・バス)佐世保~(120分・特急)博多~(70分・九州新幹線)川内
川内~(31分・JR)伊集院~(5分・タクシー)日置市~(5分・タクシー)伊集院 ~(17分・JR)鹿児島中央駅~(60分・バス)鹿児島空港