2024年03月25日

国内唯一のドイツ食肉マイスタリンが 選んだ「南州農場」でのものづくり

自然豊かな鹿児島県南大隅地域に4つの農場を運営し、養豚・食肉加工・販売まで一貫体制で行っている「南州農場」。ここで、ハム・ソーセージ等食肉加工品のプロデュースを手掛けてきたのが、日本で唯一ドイツ国家認定の食肉加工マイスタリン(ドイツ語でマイスターの女性名詞)の称号を持つ小林良子さんだ。

目的は伝統の「ものづくり」を保護し後世につなげること ドイツの国家資格「マイスター(Meister)制度」とは

「マイスター(Meister)」とは、中世から続くドイツ伝統の国家資格。連綿と受け継がれてきた「ものづくり」を国が保護し、後世に継承していくことを目的に確立された制度である。資格取得には高いレベルの専門知識・専門技術はもちろんのこと、経営・販売、企画・開発、指導の能力も必要とされる。マイスターに認定された者はプロフェッショナル以上の「師匠」クラスのスペシャリストとして、自身のスキルを後進に伝え、ものづくりを未来に繋げる使命を担う。小林良子さんは2010年に「ドイツ食肉マイスタリン」を取得。2024年時点でこの資格を有する日本女性は小林さん唯一人だ。

ドイツ国家認定の食肉マイスタリン取得者・小林良子さん
マイスター学校時代のクラス写真(画像:本人提供)
マイスター学校卒業表彰の際の1枚(画像:本人提供)

水泳でドイツ留学を経験、大学でスポーツ医療を専攻 食と健康を学ぶ自分が刺激を受けた2人の食肉マイスター

幼少期から水泳に明け暮れ、高校生のときに水泳でドイツに留学。その後はドイツの大学でスポーツ医療を学び、在学中にはインターンで実際の医療現場も経験。そんな小林さんにドイツ食肉マイスターを目指すきっかけを与えたのは2人のマイスターだった。1人は60歳を過ぎてドイツ食肉マイスターの資格を取得した父・武治郎さん。もう1人は武治郎さんが開催したセミナーの講師として本国から招いたドイツ人マイスター。小林さんはこのセミナーの通訳を頼まれ一時帰国。このとき、食肉加工の仕事のイメージが一転したという。
「大きな生肉の塊を扱う食肉加工の仕事は汚れるし臭うし、人が憧れる職業ではないと勝手なイメージを持っていました。でも、父の働く姿は素直に格好良く見えたし、ドイツ人マイスターが肉を扱う姿は丁寧で所作も美しい。2人を見ていて、『命』が『食肉』となり『加工』することで『美味しさ』と『栄養』を人に提供できると感じました。スポーツ医療で食がいかに大切かを学んだ自分にとって、なんだか腑に落ちたというか。これは面白い!自分もやりたい!って思ったんです」。

右と中央は小林さんのドイツ食肉マイスター認定証、左は父・武治郎さんの認定証

何十キロもある肉を1人で運び、自分の手でと畜も行う 男性でもくたくたになる仕事を粛々と続けた修行時代

マイスターになるにはまず、職人認定国家資格「ゲゼレ(Geselle)」を取得しなければならない。小林さんは職業訓練学校に2年通い(通常は3年、大卒は1年免除)、人生で3度しか受験できないゲゼレの試験に合格。その後、マイスター学校で3ヶ月間修行を積み、専門実技や専門知識、経営学、法学、労働教育学など7つの試験にすべて合格し、晴れてドイツ国家資格「マイスタリン」を取得した。
「修業を始める時点でドイツ語はできましたが、バイエルン語の訛りが強い地方だったのではじめは言葉に苦労しました。あとは、何十キロもある肉を1人で運んだり、自分の手でと畜を行ったり…、体力には自信はありましたが、男性でもくたくたになる仕事だったので毎日120%位のエネルギーを使っていました。それから、冬の朝3時、新雪が降り積もった真っ暗な中を出勤するのも辛かったですね」

修行時代に取材されたオーストリアの新聞記事
マイスター学校卒業の際にLandshut(ランツフット)という町の新聞でも紹介された

2019年にドイツより帰国 父のあとを継いで 南州農場の食肉加工品をプロデュース

ドイツ食肉マイスタリンに認定された小林さんはその後、ヨーロッパを拠点に香辛料関係やコンサルティング等の仕事に従事。帰国したのは2019年。父・武治郎さんが体調を崩したことを機に、武治郎さんが長年勤めてきた南州農場の仕事を受け継いだ。
「父はドイツ食肉マイスターの技術と知識のすべてを注ぎ、南州農場の黒豚と鹿児島にある原料でオリジナルのハム・ソーセージの開発と人材育成を含めたコンサルティングを手がけてきました。その仕事を継承することは、マイスタリンの自分にとって自然なことのように思えました。また、食肉の生産から加工・販売まで一貫体制で行っている南州農場だからこそ、自分の知識と経験が活かせると考えたのです」

小林さんが手がけた2年熟成生ハム。材料は南州黒豚と鹿児島県産の塩のみ

脂身を「白身」と表するほど味の良い「南州黒豚」はデリケート。 扱い方ひとつで仕上がりの味に差が生まれる

「南州黒豚」とは、鹿児島県が誇るブランド豚「かごしま黒豚」を、独自の飼料、ストレスのない環境、通常よりも長い飼育期間でさらなる美味しさを目指した南州農場独自の銘柄豚。肉の繊維が細かいため程よい食感があり、グルタミン酸やカルノシンといった旨み成分が多いのが特徴だ。小林さんが南州農場で手がけてきたハム・ソーセージはこれまでに30種以上。製造する過程で、特に大切にしていたことを聞いた。
「最初は南州黒豚の白身が美味しいことに驚きました。鹿児島では脂身を白身と呼びます。赤身肉に対して白身肉。脂の部分もしっかりと味があるので赤身と同じ肉という認識です。ですが、肉質がとてもデリケートなので、加工するには扱いやすい肉とは言えません。例えば生ハムは仕上がりに個体差が出やすい加工品です。生前にどんなものを食べ、どんな環境で育ったかが味に顕著に出てしまう。黒豚は好奇心が旺盛で頭のいい動物ですから、どんなにいい環境で育てても、と畜の際にストレスを与えてしまうとそれが原因で味が変わります。ですから、生産の担当者と些細なことでも話ができ、いつでも相談し合える関係性を築くことを大切にしていました」

自然に囲まれストレスのない環境で生産されている南州農場の「南州黒豚(左上)」、「南州ナチュラルポーク(右上)」、「南州黒牛(左下)」

「美味しくて体にいいものを届ける」のはもちろん、生産スタッフの働く環境を整えることもマイスターの仕事

ドイツ食肉マイスターの根幹は「伝統のものづくりの保護と継承」である。小林さんも「働いている人たちの体にかかる負担の少ない仕事現場を作っていかなければ、モノづくりをしていく人たちがいなくなってしまう」ことは常に意識していたという。
「南州農場では添加物を極力使わない製造方法をしているため、原料そのものの素材の状態が何より大事です。食肉になる南州黒豚はとても大切に育てられている分、そこで働く人の負担は大きくなります。懸命につくり出してもらった原料で美味しいものを作って世に送り出し、お客さんの声を届けることにより生産に従事している人たちのモチベーションにつなげることも私が大切に思っていることのひとつです。また、働く人の負担を軽減しながら、いかに生産性を上げるかは大きな課題。しっかり向き合って解決策を考えていきます」

1つひとつが美しい小林さんがプロデュースしたハム。食せば見た目以上の美味しさとクオリティの高さに魅了される
「たくさんの方に味わって欲しいです!」と話す小林さんが手がけるハム・ソーセージは南州農場が運営する複合施設「くろぶたの丘」内にある直売所「KURO MARCHE」で購入できる
左から「鹿児島黒豚レバーペースト」、「鹿児島黒豚ノン・アッドウィンナー」、「鹿児島黒豚二年熟成生ハム」

南州農場の製品を通して鹿児島の食材の豊かさを伝えたい そして「ものづくり」の楽しさを発信できる人になりたい

「ものづくりの素晴らしさを伝えていけたら」と語る小林さん

小林さんの話から、マイスターという仕事が実に多岐に渡り、人との関わりや環境などまで深い思慮を持って取り組んでいることが分かった。最後に小林さんの今後の展望を聞いてみた。
「鹿児島はあらゆる面のポテンシャルが高くて、大阪出身の私にとってパラダイス。南州農場の製品を通して、鹿児島の食材の豊かさを伝えられたらなと思います。そして、素材の良さが製品の出来上がりを左右するような正直な製品がつくりたいです。また、ありがたいことに日本女性初のドイツ食肉マイスタリンとして注目していただいているので、それを生かして「ものづくり」の現場の魅力や打ち込めることがあることの楽しさを発信していけるようになりたいです。そのためには、自分がもっと成長しなければならないのですが、一人で篭ってしまっている人が増え続けているいま、世の中に一歩踏み出すきっかけがつくれるようなことがやりたいと考えています。もしそれが実現できたら、景色のいい場所に小さな肉屋を構えて、美味しいハムをつくりたいかな」。

景色も抜群!南州農場運営の複合施設「くろぶたの丘」で 小林さんつくったハム・ソーセージや南州黒豚を味わおう!

「南州農場DINNING KUTON」の人気メニュー「炭火焼 黒豚肩ロースステーキ」1400円(単品)

鹿児島県鹿屋市の霧島ヶ丘公園内にある「くろぶたの丘」は、南州農場が2020年にオープンした複合施設。南州黒豚をつかった肉料理をはじめ、パスタやピザ、スイーツなどが味わえる「南州農場DINNING KUTON」、ハンバーガーなどを提供する「KURO DERI」、小林さんが手がけたハム・ソーセージと南州農場の食肉加工品の直売所「KURO MARCHE」、ピザやウインナーづくり体験ができる「KURO STUDIO」があり、鹿屋市の人気観光スポットとなっている。建物屋上は錦江湾を見渡す展望所となっており、天気のいい日は開聞岳までくっきりと見える絶景が楽しめる。

「南州農場DINNING KUTON」のテラス席

「くろぶたの丘」

鹿児島県鹿屋市浜田町1250霧島ヶ丘公園内

南州農場DINNING KUTON 

TEL.0994-47-3929

時間:11:30〜日没 定休日:水曜日

バーガーショップKURO DERI

TEL.0994-47-3929

時間:11:00〜16:00 定休日:水曜日

加工品直売所「KURO MARCHE」

TEL.0994-47-3986

時間:11:00〜16:00 定休日:水曜日