2024年01月29日

明太子?ラーメン? いやいや、 博多わ牛(ぎゅう)だろ。

若手生産者を撮影した博多和牛促進ポスター/提供:博多和牛販売促進協議会

 このポスターのコピーをまず見てほしい。もう、お気づきだろうか。「博多は牛だろ」と「博多和牛だろ」のちょっとしたダブルミーニング。博多の名物は明太子でもラーメンでもなく、博多和牛だと宣言するキャッチコピーだ。確かに博多のグルメと言えば、明太子やラーメン、あるいはもつ鍋がメジャーどころ。ブランド和牛となると、九州ならやはり佐賀牛、宮崎牛の知名度がダントツ高い。九州第一の都市福岡市を抱える福岡県は畜産業のイメージが薄い。しかし今、博多和牛は九州の食肉業界のダークホース的、もとい、牛だからダークカウ的存在になっているのだ!

畜産業者有志が集まり、 美味しい和牛育成に乗り出す

博多和牛のしゃぶしゃぶ肉イメージ/提供:博多和牛販売促進協議会

博多和牛販売促進協議会の博多和牛が商標登録されたのは2005年。その立役者が元協議会会長であり、現在顧問を務める三宅牧場の三宅貞行さんだ。筑紫野市の牧場で約250頭の牛を飼育している。博多和牛以前の「福岡牛」は国産ホルスタイン牛であって「和牛」ではなかったという。和牛の「福岡和牛」を売り出しはしたものの、「福岡の牛は固いというイメージが先に定着してしまい、売れなかった」と三宅さん。
 2001年には狂牛病と呼ばれるBSEが発生し、国産食肉牛の消費は一気に落下。危機感を募らせた三宅さんが県内の生産者に呼びかけ、2002年に生産者の会を発足させた。県内の肉用牛生産者であれば誰でも入会でき、大組織の管理に縛られることなく、「いいものを作る」ことに重きを置く組織を目指したという。そして「福岡和牛」以外の名で流通させるべく、「博多和牛」の名を設け、「博多和牛販売促進協議会」が結成された。「小さな組織でもプライドを持ち、消費者の顔を見ながら牛を作る」と言う。会は現在35戸の生産者が加わっている。

三宅牧場の牛はストレスフリーに育てられ、鳴き 声をあげない。
三宅牧場の直売所「まきば」では博多和牛の精肉の他、米や団子、おにぎりなどを販売。

自前の福岡県産稲わら飼料が 柔らかでジューシーな肉に育てる

もりもりと新鮮な牧草を食べる牛/提供:博多和牛販売促進協議会

 博多和牛販売促進協議会の会員ルールはいたってシンプル。飼料に細かい規定を設けず、福岡県産の稲わらを飼料に与える以外、他の配合飼料は各自自由に。食肉処理は太宰府市のJA全農ミートフーズか福岡市の福岡食肉市場を通すことを義務付けている。この大きな2つのルール以外は農家が切磋琢磨して牛を育てている。そして県産稲わら飼料が博多和牛にとって重要な意味を持つ。
 糸島市の「長浦牧場」で約360頭を飼育する現会長の鈴木正明さんは「稲わらの納豆菌が牛の胃腸機能を整える」という。これが輸入ものだと納豆菌の鮮度はもちろん、輸入過程のさまざまな処理によって菌の効力が損なわれてしまう。「稲わらで丈夫で大きな腹をつくってやり、大きく育てるんですよ」。牛は稲わらを1頭で1日3㎏も食べる。食欲旺盛な大きな腹に育て、肉を大きくしてサシの入った柔らかな肉に育てる。地元県産稲わらを確保するために、博多和牛の生産者の多くは周辺の米農家と連携し、自ら稲作をする生産者もいるという。
 実際、先の三宅さんは後継者不在となった近隣の農地の稲作を手伝い、牛糞を堆肥に利用して循環型農業を実践している。鈴木さんも周辺農家を手伝う。「稲刈りシーズンは牛飼いは残業続き」と苦笑する。しかし、意外なことに福岡県は九州一の米生産地なのだという。え?米どころ佐賀県ではない?九州一だから稲わらが地元で豊富に手に入る。それが博多和牛飼育の強みだという。「鹿児島県はシラス台地で畜産王国。だから稲わらが少ないんですよ」。意外な事実が博多和牛の成長を支えている。

鈴木さんの農場の稲わらロールの一部。1ロールは約100㎏ある。
鈴木さんの長浦牧場からは2022年の全国和牛能力 共進会で1等賞受賞の牛を出した。
鈴木さんが経営する農産物販売所「一番田舎(でんしゃ)」で直売。

肉が美味しけりゃ、米も美味い! 博多和牛の底力は半端じゃない!

堀ちゃん牧場の「ステーキ丼」1500円(税別)

 さて、そろそろ博多和牛が食べたくなってきた。できれば牧場直営レストランで食べたい。という訳で、福岡市西区今宿の「堀ちゃん牧場」へ。ここは会員の堀田和秀さんが営む店だ。博多和牛の精肉はもちろん、総菜や弁当、加工品も販売している。お目当ては数量限定の「ステーキ丼」。博多和牛もも肉の4等級以上を使用しているという。ほんのり甘めのオリジナルのタレで焼いた肉がご飯を覆いつくす。肉は程よく弾力で応えて肉の力を示してから、口の中でほどけていく。しつこさもなく、あっさりとした味わいだ。
 堀田さんは畜産農家の2代目。店は長男と次女との3人で切り盛りする。牧場は次男が経営。今宿と朝倉に牧場があり、今宿は子牛を生ませる繁殖牧場、朝倉は食肉牛に育てる肥育牧場だ。繁殖から肥育まで一貫生産できる県内唯一の生産者だという。つまり100%自家の牛。約180頭を育てているが、ここでも稲作をし、稲わら飼料を自給自足している。「自給率は150%なので、他の農家にも販売していますよ」と堀田さん。博多和牛は肉質等級3等以上が基準だが「今ではほとんど4等以上ですよ」と堀田さんは胸を張る。その証拠に博多和牛は2022年、「和牛のオリンピック」こと「全国和牛能力共進会」で優等賞を受賞。力をつけてきているのだ。
 県産稲わら飼料が自給できるということ、それは昨今の輸入飼料高騰の波が小さいということ。もちろん、配合飼料の材料には輸入物が含まれるが。堀田さんの牧場は米作りもしており、田んぼの堆肥は当然牛糞だ。余った堆肥は周辺農家にも分けている。稲作農家も肥料高騰に悩まされているので助かるという。牛糞堆肥で栽培した米は美味しく、刈った稲わらで育つ博多和牛は美味しく。理想の循環型農業。消費者にとっては米も美味しく、牛も美味しく、嬉しい限り。若い世代の後継者もいると聞いて、頼もしい限りだ。

堀ちゃん牧場の前に立つ堀田和秀さんと次女の麻未さん