歴史・文化

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九州北部


太宰府天満宮

 京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、学問の神様として崇敬される菅原道真公を祭神として祀る神社です。毎年、全国各地の受験生をはじめ大勢の参拝者が訪れます。社殿は数度炎上しましたが、現在の本殿は桃山時代に造営され、豪壮華麗さを残しています。本殿以外にも、過去・現在・未来を表す「三橋」や道真を慕って飛んできたとされる「飛梅伝説」の白梅の木、九州最大最古の絵馬堂などがあり、歴史と神秘に彩られています。

太宰府天満宮

  • 宇佐神宮宇佐神宮

     全国4万社余りある八幡宮の総本宮で、神亀2年(725年)に聖武天皇の勅願により造立され、伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟として栄えてきました。東大寺大仏建立や道鏡の神託事件など、国家の重要な事件の度にその神威を発揮し、国と朝廷を護りました。本殿は八幡造という建築様式の代表例として国宝に指定されています。他にも宝物館、宇佐鳥居、初沢池など見どころが多く、最近では、本殿そばの神木の大楠がパワースポットして話題になっています。

  • 宗像大社宗像大社

     全国に6千社余りある宗像三女神を祀る神社の総本宮です。三女神とは、田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神のことで、歴代の皇室を守護するようにと、天照大神の命によってご降臨されたとされています。その後は国民のあらゆる道を司る神「道主貴(みちぬしのむち)」となり、古くは遣唐使、現在では交通安全と、道の神として信仰されています。また、市杵島姫神は七福神のひとり弁財天と考えられ、ここ宗像大社は弁財天信仰の総本宮として芸術の神としても信仰されています。

  • 宮地獄神社宮地獄神社

     全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮で、息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)を主祭神として勝村大神・勝頼大神の宮地嶽三柱大神を祀っています。古事記、日本書紀等では、三柱大神が渡韓の折、宮地嶽山頂で天神地祇を祀り旅の開運を祈願し船出したと伝えられています。以来、何事にも打ち勝つ開運の神として信仰されるようになり、今では金成・商売繁盛の神としても信仰されています。本殿の黄金の屋根の他、境内には重さ5トンの大注連縄、1トンの牛の皮1枚で作られた大太鼓、直径1.8m・重さ450kgの大鈴など日本一を誇る名物があります。また、宮地嶽神社の奥の宮にある横穴式石室を有する巨石古墳からは、国宝を含む300点余りの出土品があり、中でも珍しい金の装飾品の数々が目を引きます。

  • 櫛田神社櫛田神社

     博多の夏の風物詩「博多祇園山笠」が奉納される神社です。
     博多の総鎮守として、「お櫛田さん」の愛称で市民に親しまれています。
     御祭神は、大幡大神(櫛田大神)、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、素盞鳴大神(祇園大神:すさのおのみこと)の3神が祀られています。
     天平宝字元年(757年)、松坂にあった櫛田神社を勧請したのに始まるとされ、祭神の大幡大神が天照皇大神に仕える神の一族であったことから、天照皇大神も一緒に勧請されたと伝えられます。
     その後天慶4年(941年)、京都の八坂神社から素盞鳴大神が勧請されました。

  • 恋木神社恋木神社

     恋木神社は水田天満宮の末社として建立当初より鎮座し、御祭神は「恋命」を祀っています。
     全国でも珍しい神社で、恋木神社は1社しかありません。
     恋木の「木」は東を意味し、西の大宰府にいた菅原道真公が東の都にいる天皇・妻子を思う御心は計り知れず、その道真公の御心をせめて御霊魂だけは慰めようとして祀られたと伝えられています。それ故、恋愛・良縁成就祈願で訪れる人々が絶えません。
     境内には、恋参道、御縁楠、夫婦楠など恋愛・結婚のパワースポットが満載です。

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祐徳稲荷神社

 貞享4年(1687年)肥前鹿島藩主鍋島直朝公の夫人花山院萬子媛が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請された稲荷神社で、衣食住の守護神として篤く信仰されています。祐徳稲荷神社は日本三大稲荷神社のひとつで、商売繁盛、五穀豊穣、交通安全などの祈願が絶えず、年間300万人が参拝に訪れます。御本殿、御神楽殿、楼門などの漆塗極彩色の荘厳華麗な偉容は、鎮西日光と呼ばれ、観光の目玉となっています。

祐徳稲荷神社
  • 鎮西大社諏訪大社鎮西大社諏訪大社

     長崎県民から「お諏訪さん」の愛称で親しまれている諏訪神社は寛永2年(1625年)に創建、長崎の産土神(うぶすながみ)としたのが始まりです。参道には男女の縁を結ぶとされる陰陽石が敷き詰められ、良縁・縁結びの神として信仰されています。境内にはたくさんの狛犬がいて、中でもお金を洗うと倍増してくれるという高麗犬井戸(こまいぬのいど)には多くの参拝客が訪れます。毎年10月に行われる諏訪神社の大祭「長崎くんち」は絢爛豪華で、日本三大祭りのひとつに数えられ、国の重要民俗無形文化財に指定されています。

  • 宝当神社宝当神社

     宝当神社は唐津市の北約2kmに浮かぶ高島にある神社で、海賊を退治して高島を守ったという野崎隠岐守綱吉命が祭神です。
     もともと願いが叶う神社として島民に信仰されていましたが、平成に入り宝当の名にあやかり「宝くじが当たりますように」と参拝する人が増え、実際高額当選者が出たことからメディアで紹介されるようになり、一気に有名な神社となりました。
     現在年間の参拝者は15万人にも上っています。

  • 月読神社月読神社

     壱岐の月読(つきよみ)神社は、夜を治める月読命(つくよみのみこと)を祀る全国の月読社の元宮です。
     月読とは、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が生んだ三貴子(天照、月読、須佐乃男)と称される神様のひとりです。
     日本書紀には、487年、月神を京都に分霊した記述があり、この分霊で中央に神道が根付いたことから、月読神社は神道発祥の地と言われています。その名の通り、夜、月光に照らされる様は神秘的です。

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天岩戸神社


天岩戸神社

 天岩戸(あまのいわと)神社は天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る神社で、天照大神の岩戸隠れ(岩戸開き)の神話を残しています。岩戸川を隔てて東本宮と西本宮があります。一般的に天岩戸神社と呼ばれているのは西本宮です。その西本宮から500mほど上流へ歩いたところに、天照大神を岩戸から出す為に神々が集まったとされる天安河原(あまのやすがわら)という、鳥居が立てられた不思議な横穴があります。岩戸開きの神話は、高千穂の夜神楽三十三番のうち、二十三番「紫引」から二十七番「舞開き」までの「岩戸五番」で舞われます。

幣立神宮
  • 阿蘇神社阿蘇神社

     阿蘇神社は全国450社ある阿蘇神社の総本社です。
     健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ12神が祀られています。
     境内には、願いを念じ、3度撫で、また願いを念じると願いが叶うとされる「願かけ石」があります。また、男性は左より2回、女性は右より2回、「良縁に恵まれますように」と願いながら回ると縁結びにご利益があるという「高砂の松」もあります。

  • 青井阿蘇神社青井阿蘇神社

     今から1,200年以上昔の大同元年(806年)に青井阿蘇神社は創建されました。阿蘇の守り神として鎮座する、阿蘇神社の御祭神十二神のうち三神の御分霊が祀られています。阿蘇神社の御分霊を祀る神社は全国に523社あり、古来より開拓の神として厚い信仰が寄せられています。青井阿蘇神社の本殿、廊、弊殿、拝殿、楼門、五棟一連の御社殿は、慶長15年(1609年)から4年かけて造営され、全てが同時期のものという、全国的にも大変貴重な歴史的建造物で、国宝に指定されています。

  • 幣立神社幣立神社

     九州のへそと呼ばれる地域にあり、阿蘇や高千穂にある多くの神話の源とされているのが幣立(へいたて)神宮です。日本の起源・神話発祥の地というだけでなく、地球全人類の祖神の御霊の和合を図る儀式「五色神祭」が太古から行われ、世界平和を啓蒙する存在となっています。毎年8月23日に神祭が行われ、世界各地から参拝者が訪れます。また、樹齢5千年を超えるといわれるヒノキとスギの2つの御神木があり、神秘的なパワーを感じさせてくれます。

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霧島神宮

 天照大神の御神勅を受け、高千穂峰に降り立った天孫降臨神話はあまりにも有名ですが、霧島神宮はその命を受けたニニギノミコトを御祭神としています。年間100余りの祭典を行い、日本建国とともに歴史を刻んできました。華麗な朱塗りの勅使殿、渡廊下、拝殿、弊殿、本殿は国の指定する重要文化財です。中でも本殿の装飾は豪華絢爛です。

霧島神宮
  • 鵜戸神宮鵜戸神宮

     鵜戸岬にある神社で、日向灘に面した断崖の中腹の岩窟内に本殿が鎮座しています。
     山幸彦の息子である鵜葦草葦不合命(うがやふきあえずのみこと)を祀り、地元では「鵜戸さん」と呼ばれ、安産、夫婦円満、航海安全、縁結びなどの神として信仰を集めています。
     また、亀の形をした亀石枡形岩の窪みに、「運玉」と呼ばれる粘土玉を投げて願い事する運試しが人気です。男性は左手、女性は右手で投げ、命中して岩の窪みに入ると願い事が成就すると言われています。

  • 鹿児島神宮鹿児島神宮

     創始は、神武天皇の時に高千穂宮を神社としたのがはじまりとあるようですが、その後平安時代に宇佐八幡の別宮となり、正八幡宮、大隅八幡宮、国分八幡宮などと称されています。主祭神は天津日子穂穂出見尊(アマツヒコホホデミノミコト)と豊玉比売命(トヨタマヒメのミコト)で、一般的には「山幸彦」と呼ばれています。霧島市の隼人町に鎮座し、当地「隼人族」の守り神として信仰されていましたが、今では縁結び、所願成就の神として多くの参拝者が訪れます。境内には神話を伝承する数々の珍しいものが残存し、毎年春には、御神馬を先頭にたくさんの鈴懸馬が踊りながら参拝する、全国的に有名な初午祭が行われています。

  • 宮崎神宮宮崎神宮

     社伝によると神武天皇の孫、武磐龍命(たけいわたつみのみこと)が九州の長官に赴任した際、祖父のご遺徳をたたえるため鎮祭したのが始まりとされています。
     神武天皇を祭神とし、朔日参りなど年間60万人以上の参拝客が訪れます。
     秋に行われる御神幸祭は風物詩となっています。

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